東部労組・ジャパンユニオン・NPO法人労働相談センター

労働問題論文集

 



●.非正規労働者の組織化と展望・課題 ―登録型派遣添乗員の闘いから

全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合執行委員長 菅野 存
                                                     (労働法律旬報第1801号2013.10.10)
 

非正規労働者の雇用確保の闘い

全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合  書記長 須田 光照
                                                  (『季刊・労働者の権利』第302号2013.10)
 

労働相談の現場から見えてくる職場荒廃  増加する「辞めさせてくれない」

NPO法人労働相談センター副理事長  矢部明浩
                                                       (季刊労働法242号2013年秋季)

                            


                                 


                                              


●.非正規労働者の組織化と展望・課題 ―登録型派遣添乗員の闘いから
全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合執行委員長 菅野 存
                                             (労働法律旬報第1801号2013.10.10)
 

 

はじめに

私たち全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合(以下「東部労組」)は、東京・葛飾区に本部を置く地域合同労組である。主に首都圏の各職場ごとに支部組合を組織し、現在四八支部・八五〇名の多様な職種(工場・運送業・サービス業等)の労働者が加盟している。それら支部組合は、近年ではほとんどすべてが労働相談を契機として結成されている。

東部労組は一九八八年より労働相談の受け皿として「労働相談センター」の活動を担ってきた。東部労組の協力団体として同センターを位置づけ(二〇〇四年にNPO法人化)、スタッフが電話、メール、来所での相談にあたっている。

相談件数はほぼ右肩上がりに増加し、二〇一二年の年間相談件数は七七七五件にのぼった。相談数の増加とともに、非正規労働者からの相談も増加してきている。相談者に占める非正規労働者(アルバイト・パート・契約・派遣)の割合は、二〇〇〇年には約一〇%であったものが二〇一一年には約二七%と大幅に増加している。

このような状況のなか、東部労組は非正規労働者も含め、組織化を強化してきた。今回はそのなかで登録型派遣添乗員で組織する支部組合の結成と闘いを紹介し、東部労組の非正規労働者の組織化を通じた展望を述べたい。



一 登録型派遣添乗員の闘い

1 劣悪な労働条件
旅行会社が企画・催行するいわゆるパッケージツアー(募集型企画旅行)にはだいたい添乗員が同行する。その添乗員は旅行会社の直接雇用ではなく、ほとんどが派遣労働者、それも登録型派遣労働者である。大手旅行会社はその子会社として添乗員派遣会社を持ち、自らが催行するツアーにその添乗員を派遣させている。

現在、添乗員は派遣法上の専門二六業務(一三号業務)として登録型派遣としての就労が認められている。契約としては「ツアーごとの契約」(ツアーが日帰りの場合もあれば一〇日間以上の場合もある)、つまり、ツアーに添乗している間だけ雇用契約を結ぶというものである。

派遣添乗員はその雇用形態が登録型派遣であることから、多くの添乗員派遣会社は雇用保険、社会保険という最低限のセーフティネットに添乗員を加入させていないという実態があった。「ツアーごとの雇用契約であり、継続雇用ではないから」がその理由である。業界団体が行なったアンケート(二〇〇四年実施。以下、単に「アンケート」と言います)の回答にも雇用保険・社会保険加入を望む声が多く寄せられていた。実態として、どんなに長い期間添乗員の仕事を同じ会社で続け、月に二〇日以上の添乗=勤務を行なっている添乗員であったとしても、「継続雇用でないから」という理由で社会保険・雇用保険が未加入という状況があった。

また、セーフティネット未加入に加え、添乗員には長時間労働と残業代不払い=「どんなに長い時間働いても残業代が払われない」という実態があった。アンケートによれば、派遣添乗員の一日あたりの労働時間は「一二時間以上」が大半を占めており、海外団体旅行で言えば、「一二〜一三時間」が四五・七%、「一六時間以上」が二〇・九%となっている。

なぜ労働時間がこれほど長くなるのか。それは旅行会社が企画する旅行の行程自体が派遣添乗員のそれだけの労働時間を前提にしているからである。ホテルを朝八時に出発、様々な所を観光し、再びホテルに戻るのが夜の八時、というよくあるツアーの行程。これだけでもすでに一二時間労働になる。また、ツアーのなかには「夕食後のナイトショーにご案内」「夕食後、夜景スポットにご案内」、あるいは「朝日を見るツアー」などもある。当然添乗員も同行するわけで、労働時間は一二時間どころではなくなる。そして、この長時間労働の対価たる残業代は「事業場外みなし労働」との名目でいっさい支払われていない。

必然的に添乗員は低賃金に置かれることになる。アンケートによれば派遣添乗員の平均日当は約九〇〇〇円、二〇〇四年平均年収は二三六万円であって、いわゆるワーキングプアと言えるような状態であった。

このような状況は、旅行会社大手である阪急交通社の子会社である「阪急トラベルサポート」(以下「HTS」といいます)に所属し、阪急交通社のツアーに帯同する添乗員も例外ではなかった。長時間労働、残業代不払い、雇用保険・社会保険未加入という劣悪な労働条件に置かれていたのである。

2 労働組合の結成と闘い
(1) 長時間労働是正・セーフティネット加入を求める闘い
劣悪な労働条件を改善しようと、二〇〇七年一月、阪急トラベルサポートの添乗員たちが東部労組HTS支部を結成した。

HTS支部の結成に先立つ二〇〇六年、HTSとは別の添乗員派遣会社における解雇・残業代未払い争議を通じ、私たちははじめて派遣添乗員の問題に直面した。この争議は結果として東京都労働委員会で残業代相当分を支払わせることで和解したのだが、私たちはこの争議の経過を私たちが運営するブログ「労働相談センター・スタッフ日記」に掲載し、派遣添乗員の劣悪な労働条件について問題を提起していった。そのなかで、そのブログを見たHTSの添乗員が立ち上がり、HTS支部組合が結成された。

HTS支部は、事業場外みなし労働の撤廃とそれにともなう超長時間労働の是正、労働の正当な対価である八時間を超える労働に対する残業代の支払い、雇用保険・社会保険への加入などを求め、会社と団体交渉を行なった。しかし、会社の対応は組合の意に沿わないものであった。

会社は「派遣添乗員の労働は事業場外でもっぱら労働するものであり、時間管理ができない。よって事業場外みなし労働が適用される」と主張してきた。また、保険加入についても「継続雇用ではない」と、登録型派遣という形式のみをとらえ、加入を拒否してきた。

しかし、添乗員の労働は一挙手一投足が管理されている。ツアー出発のつど渡される「添乗員用行程表」にはツアーの進行に関しての詳細がすべて明記されており、添乗員はこの指示どおりにツアーを進めなくてはならない。立ち寄る場所・所要時間・トイレ休憩場所と時間・昼食場所と時間、土産指定店・宿泊地等がすべて決められており、添乗員の個人判断での変更はほんど認められておらず、観光地、休憩地、トイレ休憩地、土産店、宿泊地等全て旅行会社の指定場所以外の場所に立ち寄る自由すらない。

また、航空機内においては「お客様一人一人へ挨拶」「ご案内(トイレの場所・飛行時間等)」「お客様の名前と顔を完全に覚えるように努めてください」などの業務指示がされているし、移動中のバス内においても、「バスの中では添乗員は寝ないこと」、食事中についても「食事の内容を常に確認し、提供される料理に対する(お客から)公平な感想を引き出すこと」の指示すらもある。ホテルにおいても「チェックイン時お客の荷物の確認とホテルへの引渡し、十分に注意すること」「必ず、全ての部屋を訪問又は電話した上で確認をする」などの指示がある。帰国後には日報の提出が義務付けられている。事前に定めたスケジュールとその報告である日報によって、会社は添乗員の時間管理を行なうことができているのである。

また、少なくとも組合員について言えば、結成当時短くても三年、長い人になると一〇年以上添乗員の仕事をHTSで続けていた。そして月に二〇日以上の添乗=勤務を行なっており、まさに継続雇用=常用雇用そのものであって、正社員と変わらないような就労の実態であった。

組合は本格的に闘いを開始した。二〇〇七年五月、所轄の三田労働基準監督署に労働基準法三七条違反(残業代の不払い)などで会社を申告した。また、品川ハローワーク(同七月)、港社会保険事務所への「資格確認請求」(二〇〇八年三月二八日)などを行なった。その結果、三田労基署は二〇〇七年一〇月、会社に対して是正勧告指導を出した。「派遣添乗員の労働は『事業場外みなし労働』には該当しない」「派遣添乗員の労働は時間管理がされている」「交通機関乗車中であっても……事業場外みなし労働時間制の対象とは認められません」とし、労基法三七条違反を認定したのである。

また同月、品川ハローワークは組合員の雇用保険被保険者資格を認定、天満社会保険事務局も二〇〇八年七月、同様に被保険者資格を認定、これにより、HTSにおいて組合員を含む一部の派遣添乗員について雇用保険・社会保険加入が実現した。
そして組合は同時に、メディアにも積極的に働きかけ、テレビ、新聞報道、雑誌等で添乗員の労働条件について問題提起を行なった。その結果、保険加入に加え、業務の簡略化など、着実に成果をかちとった。

組合は三田労基署の是正勧告指導を受け、会社に未払い残業代の支払いと事業場外みなし労働の撤廃を強く求めた。しかし、会社はかたくなにそれを拒否。これに対し二〇〇八年五月、HTS支部は、「偽装みなし労働」の撤廃を求め、残業代請求裁判を提起した。迅速な司法判断を求めるため、一人の組合員を代表に、二本の海外ツアーについて不払い残業代を請求する労働審判、そして同組合員を含む六名の組合員を原告に、本訴を提起した(海外ツアーが主、一・二陣訴訟)。また、これとは別に一人の組合員を原告とし、国内ツアーを対象にした裁判も同時に進行していた(二〇〇八年一〇月提訴、第三陣)。

労働審判については同年七月、「みなし労働」の適用は認められないとする組合勝利の結果となった。しかし会社はこれを不服として異議を申し立て、本訴に移行することとななった(労働審判異議訴訟)。そして二〇一〇年七月・九月に、労働審判異議訴訟と一・二陣の判決が東京地裁で出た。不払い残業代の支払いを命じながらも、「偽装みなし労働」を容認する不当判決だった。HTS支部はこの両不当判決に対し、ただちに控訴。二〇一二年三月七日、東京高裁は「偽装みなし労働」を容認した一審両判決を支持せず、「事業場外みなし労働」の適用を否定する組合逆転勝利の判決を下した。会社は最高裁に上告したが、組合はこの高裁判決に従い、長時間労働を是正するよう会社に求めている。

(2)派遣先の団交応諾義務をめぐる闘い
HTS支部は派遣元との闘いとともに、派遣先への闘いも開始した。先に述べたように、添乗員の労働時間は派遣先たる旅行会社がどのようなツアーを企画するかによって実質上決定される。派遣先が長時間のツアーを組めば添乗員の労働時間は長くなるし、長時間労働に配慮した比較的短時間のツアーを組めば添乗員の労働時間を短くすることができるのである。むしろ、添乗員の労働時間を決定するのは派遣先たる旅行会社以外にありえないのであって、その点で派遣先旅行会社は使用者として団体交渉に応じる義務があると言える。

HTS支部は長時間労働の根本的解決を求め、派遣先である阪急交通社に団体交渉を申し入れた。阪急交通社は「使用者ではない」との理由で団体交渉を拒否。二〇〇八年四月、HTS支部は東京都労働委員会(都労委)に不当労働行為救済申し立てを行なった。都労委は阪急交通社の使用者性を認定し、労働時間管理についての団体交渉に応じるよう同社に命令(二〇一一年一〇月)、同社はこれを不服として中央労働委員会(中労委)に再審査申し立てを行なったが、中労委は同社の請求を棄却(二〇一二年一一月)。同社の使用者性を都労委に続き、また都労委より詳細に認定し、団交応諾を命じる画期的な内容であった(現在、阪急交通社は同命令を不服として、その取り消しを求める行政訴訟が継続中)。

(3)支部委員長解雇撤回を求める闘い
二〇〇九年三月、HTS支部塩田委員長に事実上の解雇が突如通告された。雑誌「週刊金曜日」の取材に塩田さんが応じ、それをもとにライターが執筆した添乗員の労働実態と組合結成についての記事がHTSに対する「名誉毀損」「業務妨害」だ、として取材に応じたに過ぎない塩田さんの「アサイン」(仕事の割り振り)を停止してきたのだ。登録型派遣である添乗員にとって仕事を停止されるということは実質上、解雇と同じ意味を持つ。HTS支部はただちに都労委に救済申し立てを行なった。二〇一一年二月、都労委はアサイン停止(事実上の解雇)を不当労働行為であるとして塩田さんを業務に戻すようHTSに命令した。同年一一月、中労委もHTSの不当労働行為を認定し、アサイン停止の解除を命じたが、HTSは同命令の取り消しを求める行政訴訟を提起。東京地裁は二〇一三年三月、会社の請求を棄却(中労委命令を支持)、会社はこれに異議を唱え控訴したが東京地裁は判決と同日、「争いを続けたとしても、労働委員会の命令は守れ」との主旨を過料の制裁を背景に命じる「緊急命令」を発し、五月、HTSはこの緊急命令に従う旨を表明した。

これを受け、七月に始まった控訴審で東京高裁は和解を勧告した。そして七月二六日、塩田さんの職場復帰を正式に確認する組合の勝利和解が東京高裁で成立した。塩田さんは九月より四年半ぶりに職場復帰する。「継続雇用に対する期待権はない」として登録型派遣労働者の解雇撤回請求が不当にも退けられた判例があるなか、一人の派遣労働者が労働組合に依拠して闘いを続けることにより職場復帰を実現させた意義は非常に大きなものがある。


二 東部労組のめざすもの

1 非正規労働者自らが立ち上がる
HTS支部は職場における労働条件の改善に加え、派遣法改正を求める運動にも当事者として参加してきた。二〇〇八年秋からのいわゆるリーマンショックを契機とする「派遣切り」の問題から、派遣法の抜本改正を求める運動が盛り上がりを見せた。同年末、日比谷野音での大集会にHTS支部は登壇し、登録型派遣添乗員の劣悪な労働実態、そしてそれを改善するために労働組合を結成し、無権利状態を是正させてきたことを訴えた。「労働組合を作って自ら闘いに立ち上がろう。そして権利をかちとろう」という、東部労組が非正規労働者の運動に求めるものがそこにあったように思う。

東部労組にはHTS支部以外にも非正規労働者で組織した支部組合がある。

産業廃棄物処理大手「タケエイ」の有期雇用ドライバーたちは、契約更新を奇貨とする労働条件切り下げに対し二〇〇六年四月、東部労組タケエイ支部を結成し有期雇用そのものを突破し正社員としての雇用をかちとった。学習塾「市進学院」の講師たちで二〇一二年一二月に結成した市進支部は二〇年以上にわたる一年契約の反復と労働条件の切り下げ、「契約更新は五〇歳まで」という理不尽な就業規則を改めさせ、正社員としての雇用、不当な雇止めの撤回などを求めて闘争中である。東京メトロ駅売店の販売員で組織するメトロコマース支部の闘いについては東部労組須田書記長が本誌二〇一三年八月上旬号(一七九八号)で報告したとおりである。いずれも当事者自らが劣悪な労働条件、理不尽な扱いに対して声を上げ、結成された組合だ。

派遣法抜本改正の運動が示すように、非正規労働者の運動において私たちが求めるものの一つは法律の改正だ。しかし、法改正を求める主体はあくまでも当事者である非正規労働者であるはずだ。そして、権力による法律の制定・改悪はその時の労働者と資本家との力関係によってある程度規定されるといってよい。派遣法抜本改正を求める運動や「年越し派遣村」をはじめとする二〇〇八年末から翌年初めにかけての一連の運動と政権交代のなか、その当時の力関係で派遣という働かせ方に一定の規制をかける改正派遣法が成立した。いまはそれが逆転している状況なのではないだろうか。八月二〇日付「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」報告に示されているように、現在、安倍政権は派遣労働の無制限の拡大をはじめとする派遣法の改悪を目論んでいる。

このような状況のなか、いかに当事者たる非正規労働者が立ち上がるかを私たちはよりいっそう追求する必要がある。それは、とりもなおさず労働組合を作ろうという呼びかけを確信をもって行なうことであろう。そして、闘いに立ち上がった非正規労働者が各職場で権利をかちとる。そのような大衆闘争を背景とする立法闘争が求められているのではないだろうか。
(すがの あり)



非正規労働者の雇用確保の闘い
全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合  書記長 須田 光照
                                           (『季刊・労働者の権利』第302号2013.10)
 
 
 

第1 はじめに

  総務省が今年7月に発表した2012年就業構造基本調査によると、非正規労働者が2042万人で、初めて2000万人を超え、労働者に占める割合も過去最多の38.2%になった。また、国税庁が2013年9月に発表した2012年分民間給与実態統計調査によると、正社員の平均年収が468万円であるのに対して、非正規労働者は168万円にとどまり、約2.6倍の格差がある。

  このように不安定雇用と低賃金そして差別に苦しむ非正規労働者が増えているにもかかわらず、労働組合への組織化は遅々として進んでいない。労働組合の組織率は17.9%で、パート労働者の組織率は6.3%にすぎない。派遣など他の非正規雇用を含めると割合はさらに下がるはずだ。

  団結と闘いで雇用を守ったり労働条件を向上させたりするという労働組合運動の展望が非正規労働者には示されていない。その結果、多くの非正規労働者は次の雇用契約が更新されるか否かに不安を抱き、職場で理不尽な仕打ちにあいながらも声をあげられずにいる。

  私たち全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合(以下「東部労組」という)は、東京・葛飾に本部を置く地域合同労組で、主に首都圏の職場ごとに支部を組織し、現在45支部・850人の多様な職種(製造業・運送業、サービス業など)の労働者が加盟している。以下に東部労組でこの間取り組んできた非正規労働者の組織化と権利実現をめぐる闘いを紹介する。非正規労働者への勇気と希望の一助になれば幸いである。


第2 東京メトロ売店の非正規女性のストライキ

  東京メトロ(東京地下鉄)駅売店の非正規労働者の女性たちでつくる東部労組メトロコマース支部は2013年3月18日、非正規労働者への65歳定年制に反対する終日ストライキを決行した。その結果、同支部が要求していた瀬沼京子組合員の継続雇用を勝ち取った。

  ストライキを打ったのは同支部組合員6人。いずれも東京メトロの100%子会社である株式会社メトロコマースに雇用され、駅売店「メトロス」で新聞や飲料などを接客販売している。同社で働く販売員は計118人。雇用形態は正社員(15人)、契約社員A(13人)、契約社員B(90人)の3つに分かれている。同じ売店で同じ仕事をしているにもかかわらず、それぞれの間には労働条件で著しい差別と格差がある。

  同支部組合員は全員、最も劣悪な処遇に置かれている契約社員Bである。非正規労働者への差別撤廃と正社員化を最大の要求に掲げ、2009年3月に同支部は結成された。

彼女たちは当初、企業内にある正社員中心の労働組合に相談していたが、非正規労働者には組合への加入資格がないという規約上の理由で事実上の「門前払い」にあったため、自分たちで労働組合(東部労組の支部)を結成することになった。

  契約社員Bは半年や1年の有期雇用の細切れ契約を反復更新している。時給は1000円が基本。正社員は勤続年数に合わせて昇給していくが、契約社員Bは何年働いても時給は変わらない。同支部の要求で2010年4月から毎年10円ずつ時給が上がる定期昇給制度を契約社員Bにも導入させたが、それでも週40時間のフルタイムで働いて税金や社会保険料を差し引くと月の手取りは13万円程度にとどまる。

同支部の組合員は一人暮らしやシングルマザーなど、ほとんどが自分の賃金だけで主たる生計を立てている人たちで、男性正社員の世帯主がいる「家計補助型」の働き手ではない。このため貯金する余裕はなく、生活苦に追いつめられているのが実態だ。また、正社員に支給される退職金が契約社員Bにはまったく出ない。高齢になっても年金がもらえない人や年金だけでは暮らしていけない人が大勢いる。

それにもかかわらず65歳になったからといって正社員と同じように定年退職を迫られれば路頭に迷わざるを得ない。労働条件で差別的な扱いをしておきながら定年だけは正社員と同じなのである。有期雇用に定年制を導入していること自体が公序良俗に反していると言わざるを得ない。

  この65歳定年制にもとづき同社は瀬沼組合員の雇用を2013年5月で打ち切ると同支部に通告してきた。瀬沼組合員は高齢の母と二人暮らし。販売員としての賃金が収入の柱だった。これを絶たれるとたちまち生活が立ち行かなくなるため、団体交渉で雇用継続を訴えたが、会社側は「法律(高年齢者雇用安定法)には違反していない」と耳を傾けようとしなかった。

このままでは貯金も年金も少ない非正規労働者は生きていけないという危機感で同支部は初めてのストライキに立ち上がった。
早朝の始業時からストライキに突入した組合員らは厚生労働省で記者会見を行った。同支部の後呂良子委員長は「働いても働いても生活は良くならない。じっと手を見ているだけではダメなんだと思った。手を上げていかないといけない」とストライキ闘争を決断した思いを語った。その後のメトロコマース社前と親会社の東京メトロ社前には同支部のストライキを支援する東部労組各支部や友好労組などから110人が駆けつけ、抗議行動を展開した。

当日の毎日新聞夕刊は「非正規労組がスト」の見出しで大きく取り上げた。インターネット上には抗議行動の様子を撮影した動画が流れた。東部労組にはメールやブログに全国の非正規労働者から支持や賛同の声が多く寄せられた。ストライキの翌日以降、支部組合員が売店で接客にあたっていると何人ものお客さんから「頑張って」「動画を見たよ」と応援されたり握手を求められたりしたという。

このストライキ闘争を経て会社側は瀬沼組合員について「特段の配慮」として半年の雇用延長を回答してきた。不十分な内容ではあるが、雇用継続をいっさい認めなかった会社の従来の方針を、非正規労働者がストライキ闘争で変えさせたことは紛れもない事実である。経営者がお恵みや同情で与えてくれた雇用ではなく、非正規労働者自身が団結し、身体を張って闘い、勝ち取った成果である。


第3 学習塾の非正規講師による組合結成

  学習塾大手で「市進予備校」「個太郎塾」などを展開する株式会社市進の事業形態の一つである「市進学院」(小・中・高校生対象の学習塾)の専任講師8人が2012年12月13日、東部労組市進支部を結成した。

  市進学院の専任講師は、1年ごとの有期雇用契約で働き、組合員については20年以上にわたって契約を反復更新している。実態としては常用雇用すなわち期間の定めのない契約に等しい「名ばかり有期雇用」である。本来であればとっくに正社員化すべきところを会社は毎年の契約更新を悪用し、賃金カットなど労働条件の不利益変更を講師たちに強いていた。

こうした雇用に不安を感じた専任講師の並木創一さんが2005年に東部労組が協力するインターネット上の労働組合「ジャパンユニオン」(現在は東部労組ジャパンユニオン支部)に個人加入した。会社には組合に入っていることを明らかにしていなかったが、2012年10月にさらなる大幅な賃金カットが通知されたため「このままでは生活していけない」「会社に追いつめられて辞めるのは納得いかない」と考え、ジャパンユニオンと相談のうえで職場での仲間集めに取り組んだ。

声をかけてみると他の講師も同じ不安を抱えていた。また、同社の選任講師に適用される就業規則には「50歳を契約更新の最後とする」と、51歳での雇い止めを明記されていた。「こんな不安定な雇用では自分の子どもを塾にもやれない」「この歳で解雇されてどこで働けと言うのか」という声があがった。安心して働ける雇用を求めて組合(支部)を結成し、並木さんは支部委員長に就任した。

同社は2013年2月、51歳に達した同支部の佐藤匡克組合員に雇い止め解雇を通告。さらには同支部の高畑光弥組合員にも「退会者が多く、勤務成績不良」というまったく根拠のない理由で雇い止め解雇を通告した。

同支部は同年3月31日、2組合員の不当な雇い止め解雇の撤回などを求めて終日ストライキを決行し、市進ホールディングス本社(千葉県市川市)前では総勢約100人で抗議行動を展開した。同年5月1日のメーデー東部労組行動と同年6月12日のコミュニティ・ユニオン首都圏ネットワーク一日行動でも抗議行動を実施した。そして同支部は同年6月19日、2組合員の雇用継続の確認を求める訴訟を東京地裁に起こした。

同年7月12日に行われた第1回口頭弁論で佐藤組合員は次のように意見陳述した。「50歳という年齢は、子どもがお金のもっともかかる学齢期にあることが少なくありません。十分な経営努力も示さず、50歳で雇い止めにし、収入の道を断ったりするのは働くものの立場を無視したもので、とても許されることとは思えません」

高畑組合員は次のように意見陳述した。「解雇されたほうは、自分にどこか悪いところがあったのではないか、自分が悪かったのではないかと思い悩みます。私がそうでした。それは、イジメの構造に似ています。イジメられる側にも原因があるのではないか、という考え。でも、それは違います。明らかにイジメる側が悪いのです。会社が行っているイジメを容認してはならないのです。会社代表が言った解雇理由は納得がいくものではありません。私は、会社の横暴を許すことはできません。私は、私に与えられていると信ずる労働者の権利を守るため、解雇撤回を求めます」


第4 工場閉鎖に抗して雇用を守ったパート労働者

  テーブルクロスやユニフォームなどを洗濯して配送しているデイベンロイリネンサプライ株式会社(東京都大田区)には、東部労組デイベンロイ労組支部が1978年4月に結成され、組合活動を35年以上にわたり継続している。同社では2010年ごろから建物の老朽化などを理由とした本社工場閉鎖の策動が持ち上がり、工場で働く大部分のパート労働者を中心に雇用確保を求める闘いが繰り広げられた。

  同社は2011年12月、工場の耐震性が低いとして「2012年3月末の工場閉鎖」と「希望退職案」を通知してきた。同日、同支部は東京都労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。

  同支部は東部労組他支部や友好労組に呼びかけて連続的に大衆行動に立ち上がった。2012年2月28日夜の抗議集会、同年3月17日の時限ストライキと構内集会・地域デモ、同年4月1日には社長宅周辺でのビラ配布。同年2月16日と同年4月4日には事実上の親会社にあたる株式会社サニクリーンに抗議行動を展開した。

  会社が希望退職の説明会強行を同年4月4日に表明したことに対し、同支部はパート女性労働者を先頭に約50人の組合員が翌5日から9日までの5日間貫徹したストライキ闘争は圧巻だった。労働者がストライキに入ること自体が珍しい状況の中で非正規労働者の女性たちが労務の提供を一斉に拒否し、5日間にわたり抗議の声を会社側に叩きつけた。

  他方、会社側は退職時に4カ月分の賃金を加算するという条件で希望退職を募集し、それに応じない労働者は解雇するとの脅しを加えた。これによって工場の労働者が雪崩をうって希望退職に応じ、次々と組合を脱退する現象が起きた。しかし、最後まで残った工場勤務の同支部組合員17人(パート労働者10人、嘱託労働者3人、正社員4人)は労働組合の団結を信じ、仲間を裏切らず、あきらめずに闘い抜いた。
  同年5月1日に開かれた「デイベンロイ争議支援!メーデー労働者総決起集会」では17人が「身体を張って闘う」「死ぬ気で闘う」という決意を述べた。同支部は17人の実質的な雇用と団結の拠点である組合事務所の確保を要求し、それが受け入れられない場合には本社工場を含めた職場占拠闘争に突入する態勢で臨んだ。

その結果、同年8月24日、17人の組合員が通勤できる近隣地に職場を移し、17人が希望する業務内容での継続雇用を会社側に保障させる内容での和解協定書を東京都労働委員会で会社側と締結することができた。移転場所に組合事務所を再設置することや会社が組合に解決金を支払うことなども合意した。さらには17人のうち嘱託労働者1人は会社の制度上で定年退職になる68歳を迎えるものの引き続きの雇用延長を約束させた。

  この争議を通して非正規労働者にとっても労働組合こそが最強のセーフティネットであること、どんな困難な状況でも仲間と団結して闘えば必ず活路が切り開けることを実証した。


第5 非正規労働者との団結で前進する職場闘争

  森永乳業東京工場など様々な荷主の下請け会社でつくる多摩ミルクグループのドライバーらで組織している東部労組多摩ミルク支部は、1999年1月に結成して以降、労働者の過半数を制する多数派組合の地位を堅持してきたが、近年は活動が停滞していた。

同支部には正社員とパート労働者の組合員がいるが、執行部のほとんどは正社員が占めていた。その反映として正社員の待遇改善ばかり要求し、弱い立場にあるパート労働者は同じ仕事をしているにもかかわらず劣悪な処遇のまま放置する傾向があった。会社によるパート労働者への不当な雇い止め解雇を見過ごすという誤りもあった。

一部管理職の不正疑惑の追及をきっかけに会社との対立関係がはっきりした同支部では、これまでの組合活動を反省し、「当たり前の労働組合」に立ち戻るために非正規労働者の権利拡大を最大の要求に据えた。

パート労働者とは言いながら同社ではフルタイムどころか正社員以上に長時間労働を強いられている。牛乳やプリンなどの乳製品を運ぶ大型トラックのドライバーとして1日の労働時間は12時間を超えるのは当たり前で、多い時には1カ月300時間を超えている。パート労働者は時給1000円で正社員の約半分にとどまり、正社員と同じ給料をもらうためには2倍働かなければならない。

正社員は基本給のうち勤続年数や年齢を重ねるごとに賃金が毎年上がる定期昇給制度があるが、パート労働者は何年働いても時給が上がらない。正社員のドライバーには運転手当が払われるが、パート労働者にはない。正社員よりもはるかに長い時間を無事故で運転しているにもかかわらず、無事故手当がパート労働者には正社員の4分の1にあたる月5000円しか出ない。正社員には出る月1万円以上の家族手当もパート労働者にはない。退職金や慶弔休暇もパート労働者にはない。

大型トラックの荷下ろし作業は過酷だが、同社では時間のかかる厳しい仕事はパート労働者に回すのが当然になっている。正社員の半分の時給で人件費を抑えられるからだ。「同じ職場で長年同じ仕事をしているのに、なぜこんな差別を続けるか」という怒りをパート労働者は抱えてきた。

同支部は2012年から2013年にかけてパート労働者の雇い止め撤回や正社員とパート労働者の同額のボーナス支給の実現などを勝ち取った。また、パート労働者は正社員よりも低い残業代計算になっていたことを見つけ、2012年11月22日、パート組合員14人を原告に未払い残業代請求訴訟を東京地裁に起こした。さらにはパート労働者の長時間労働削減と、それに伴う残業代のダウンを補うための調整手当の創設を、正社員と非正規労働者が一体で要求し、ストライキを背景に実現にこぎつけた。

こうした過程でパート労働者が新たに組合加入したり様々な組合活動を積極的に担ったり、同支部の団結を拡大強化している。最も弱い立場の労働者を基準に置くという労働組合の原点の大切さを再確認した。


第6 派遣添乗員が労働組合で勝ち取った権利

  旅行会社が企画するツアーに同行する添乗員はほとんどが派遣労働者、それも登録型派遣である。「ツアーごとの雇用契約」(日帰りの場合もあれば10日間以上の場合もある)を繰り返している格好だ。その結果、実質的には正社員と同じような常用雇用でありながら、多くの派遣添乗員は雇用保険や社会保険にも加入させられていないという実態があった。また、事業場外みなし労働を偽装し、長時間労働と残業代不払いが横行していた。

  こうした状況を変えるため、阪急交通社の子会社である株式会社阪急トラベルサポートに所属している派遣添乗員たちが2007年1月、東部労組HTS支部を結成した。

  その後、同支部は所轄の三田労働基準監督署に労働基準法37条違反(残業代の不払い)などを申告した。また、品川ハローワーク、港社会保険事務所への「資格確認請求」を行なった。その結果、労基署は2007年10月、「派遣添乗員の労働は『事業場外みなし労働』には該当しない」と、会社に対して是正勧告指導を出した。また同月、ハローワークは組合員の雇用保険被保険者資格を認定。社会保険事務所も2008年7月、被保険者資格を認定した。

  会社側が労基署の是正勧告指導に従わなかったため、同支部は2008年5月に残業代請求裁判を東京地裁に起こした。東京地裁は海外ツアー分について残業代支払いを命じながらも「みなし労働」を容認する不当判決を下したため、同支部が控訴。2012年3月、東京高裁は一審判決を支持せず、「みなし労働」の適用を否定する組合側逆転勝利の判決を下した。会社側は最高裁に上告している。

  同支部は派遣先への闘いも展開している。長時間労働の解決を求め、派遣先である阪急交通社に団体交渉を申し入れた。同社は「使用者ではない」との理由で団交を拒否。2008年4月、同支部は東京都労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。添乗員の労働時間は派遣先である旅行会社がどのようなツアーを企画するかによって実質的に決定される。添乗員の労働時間を決定しているのは派遣先以外にあり得ない。

  都労委は2011年10月、阪急交通社の使用者性を認定し、団交に応じるよう同社に命令。同社はこれを不服として中央労働委員会に再審査を申し立てたが、中労委は2012年11月、同社の請求を棄却した。現在、同社は命令の取り消しを求める行政訴訟を起こしている。

  また、同支部の闘いをめぐっては塩田卓嗣委員長への事実上の解雇であるアサイン(仕事の割り振り)停止にまで事態が発展した。塩田委員長が雑誌『週刊金曜日』の取材に応じ、それをもとにライターが執筆した記事が阪急トラベルサポートへの「名誉毀損」と「業務妨害」にあたるという理由だ。

  同支部は都労委に救済申立を行った。都労委は2011年2月、アサイン停止を不当労働行為と認定し、塩田委員長を職場に戻すよう同社に命令した。同年11月、中労委も同社の不当労働行為を認定し、アサイン停止の解除を命じたが、同社は命令の取り消しを求める行政訴訟を起こした。東京地裁は2013年3月、会社の請求を棄却(中労委命令を支持)、会社はこれに異議を唱え控訴したが東京地裁は判決と同日、「争いを続けたとしても、労働委員会の命令は守れ」との主旨を過料の制裁を背景に命じる「緊急命令」を発したため、同社はこの緊急命令に従うことを表明した。

  塩田委員長は同年9月、4年半ぶりに添乗員として職場復帰した。不当解雇の裁判などでは退職を認めたうえでの金銭解決が主流になっている中で、解雇撤回と職場復帰を勝ち取った意義は大きい。それも「継続雇用に対する期待権はない」との判例もある登録型派遣労働者が、労働組合で団結して闘い抜くことで職場復帰できる前例を作った意義は極めて大きい。


第7 非正規労働者関連のその他の闘い

  上記の支部以外にも東部労組には多くの非正規労働者関連の闘いがある。

産業廃棄物処理大手の株式会社タケエイの有期雇用ドライバーたちが、契約更新を悪用した労働条件切り下げに対し2006年4月、東部労組タケエイ支部を結成し、有期雇用そのものを突破し、期間の定めのない雇用=正社員としての雇用を勝ち取った。
東京都が設置する児童養護施設で働いている非常勤・臨時職員の臨床心理士は1年単位の雇用契約を10年以上繰り返している人もいる。月16日の非常勤は月の手取りが13万円台、臨時職員に至っては月6日の勤務で雇用保険にも社会保険にも加入できず交通費も自腹を切らざるを得ないという劣悪な待遇に置かれている。こうした公務職場が生み出す貧困=「官製ワーキングプア」をなくすため、2009年3月、東部労組臨床心理士ユニオン支部が結成された。同支部は施設を管理している社会福祉法人東京都社会福祉事業団と団体交渉を行い、非正規の心理職員の待遇改善に取り組んでいる。

人材派遣会社大手の株式会社フォーラムエンジニアリングが障害者雇用の一環として立ち上げたラーメンの製麺工場で、有期雇用を反復更新してきた24人の知的障害者が2009年11月、東部労組フォーラムエンジニアリング支部を結成した。同社が不況を理由に工場を事業ごと閉鎖し、障害者全員を雇い止め解雇する方針を出したからだ。同支部は団体交渉で工場閉鎖の全面撤回と継続雇用を勝ち取り、現在も職場と団結を守っている。

IT関連企業にシステムエンジニアらを派遣している株式会社アドバンスト・コミュニケーション・テクノロジーで常用型派遣として働いている労働者が2010年4月、東部労組ACTユニオン支部を結成。同社の社長は派遣先との契約を切られて自社待機として戻ってくる社員に「返品されてきた」「不良在庫」と面罵し、本人の同意もなく賃金カットを強行していた。こうした労働者のモノ扱いの発言を謝罪せるなど、職場環境の改善と労働条件の向上をめざして闘っている。


第8 終わりに

  冒頭で記したように非正規労働者が急増しているにもかかわらず、労働組合運動が非正規労働者の権利を守る役割を果たせていない。こうした現状を踏まえて非正規労働者の意見や要望を職場で反映する仕組みとして、非正規労働者を含めた集団的な労使協議や苦情の受け皿となるような「労働者(従業員)代表制」の法制化を求める意見が労働界から出ている。

  しかし、憲法28条の団結権・団体交渉権・団体行動権にもとづく労働組合の代替を他の団体や仕組みで行うことは不可能だ。本稿で報告した通り非正規労働者の待遇改善や権利拡大を実現するためにはストライキなどの実力行使が欠かせない。争議権を背景にしない交渉はほとんど意味がない。

  非正規労働者を使う理由について企業に調査した結果で圧倒的に多い理由が「賃金の節約のため」「労務コスト節約のため」との回答だった(厚生労働省1999年・2007年「就業形態の多様化に関する総合実態調査」)。このように安い賃金で酷使するために非正規労働者を使うと公言してはばからない経営者に対して、非正規労働者の待遇改善を「お願い」や「説得」で実現してもらえると考えるのは非現実的である。身体を張った闘い抜きに権利は獲得できない。

  また、本稿で強調したかったことは、非正規労働者は決して弱々しく哀れな存在ではなく、非正規労働者自身が仲間と団結し闘うことで自分たちの窮状を変えていく存在であるという観点である。非正規労働者を「同情」や「救済」の対象ではなく、闘う主体として見なければならない。

  多くの非正規労働者は自分を取り巻く状況に絶望し無力感にさいなまれている。しかし、本稿で紹介した非正規労働者も初めは同じようにあきらめと無力感を抱えていた。非正規労働者が団結と闘いに目覚める場合、それは他の労働者が敢然と闘い敢然と勝利していることを見たり聞いたりしたことが大きな要因になっている。

私たち東部労組の運動は日本の労働運動全体から見たとき、極めて小さな取り組みであることは事実だが、非正規労働者が労働組合に団結することが希望になるような運動に今後も全力を尽くす決意だ。

 


労働相談の現場から見えてくる職場荒廃  増加する「辞めさせてくれない」

NPO法人労働相談センター副理事長  矢部明浩
                                                 (季刊労働法242号2013年秋季)
 

1.異変が見え始めた労働相談

 A「退職したいと切り出したら,『お前の魂胆は分かった。仕事に穴を開け会社をつぶすつもりだな!それならそうとこちらも出るところに出る!』と損害賠償を請求されています」
 
  B「社長に辞めると話したら逆上されました。いなか町なので,いつ家に押しかけられ連れ戻されるのか…。気が気じゃありません」
 
  C「この給料では生活できないので,前借りを含め社長から数百万規模の借金があり,毎月天引きで返済しています。地元で比較的条件のいい就職先が見つかったので,社長に恐る恐る退職を打診したところ,これまでの温厚な表情が豹変。『借金を今すぐ耳をそろえて返せ!さかのぼって利息もつけるからな!』とすごまれてしまいました」
 
  いずれも,実際にNPO法人労働相談センター1)が受けたすさまじい相談のほんの一部である。

  自分自身,当センターで2004年11月より労働相談に従事しているが,ある種“異変”を覚え始めたのが2005年の初頭だったと記憶している。勤め先を「辞めさせてくれない」という相談が目立って増えてきたのだ。

  当時は,労働問題の新たな事象を見出した緊張感というよりは,むしろ狐につままれたような不可思議な感覚に見舞われた。
  「本当にいやなら,正々堂々と辞めればいいのでは。退職届を社長に突きつければいいだけの話じゃないか」というのが,戸惑いつつも自らを納得させようとする当時の相談スタッフの偽らざるリアクションであっただろう。

  法律面でも,労働基準法第5条「強制労働の禁止」2)や,正社員なら民法第627条3)を,契約社員,パートタイマー,派遣社員等非正規労働者であれば同法第628条4)を援用できるのだから,何ら問題なく対処できると踏んでいた節がある。

  法律の後ろだてに抵抗できるはずがない。社長と顔を合わせたくなければ,退職届を郵送(「可能であれば配達証明付内容証明郵便で」と相談者には言い添えている)したうえ,出勤しないだけのこと。こんな簡単なことも実行に移せないのか?と相談スタッフ一同,相談者の優柔不断さにもどかしささえ覚えたものだ。

  ところが…である。


2.根の深い社会問題として
 
  まずは,次のグラフ(表1『「辞めたくても辞められない」相談件数の推移』 NPO法人労働相談センター編)をご覧いただきたい。われわれが受けた強烈な衝撃がご理解いただけるだろうか。

  「辞めさせてくれない」という悲鳴が直接本人から,電話口から,Eメールから聞こえてくる毎日になり,異常事態を認知した翌年2006年から,相談内容に「辞めたくても辞めさせてくれない」を項目立てし,件数の推移等継続的な注視を始めた。その数値的な推移を集計したものである。

  年々増加する相談件数5)に牽引された感も否めないが,増勢傾向は衰えを見せず,むしろ加速をつける勢いだ。そのよって来たる背景については以降詳述するが,尋常でない雇用環境が現出されていることは明らかにうかがえる。
  われわれがこれまで対処してきたように,法律でもって一刀両断できるような筋合いのものでは決してない。喪失感と無力感にさいなまれた。

  もはや,この現象を根の深い社会問題として位置づけ,当センター総力を挙げて取り組んでいくことが求められていると改めて痛感した。

3.なぜ「辞めさせないのか」@―その社会的背景

 いささかセンセーショナルに流れた問題提起だったが,ここで冷静にその背景の分析を試みたい。

1)リーマンショックの後遺症−そぎ落とし過ぎた筋力
  2005年頃から目立ち始めた「辞めさせてくれない」案件だったが,その構図が確立したのは「リーマンショック」を迎えてからではないか。金融破綻から雇用不安を誘発し世界中を席巻した「リーマンショック」の嵐。2008年10月のことであった。相談案件も解雇に関する内容が飛びぬけて多かった。当センターが受けた相談内容の推移(表2『相談内容の推移』NPO法人労働相談センター編)をご覧いただければ,一目瞭然であろう。

  はなはだしくは,不安定な社会情勢を奇貨となし「便乗リストラ」をやってのける企業も多々現れた。「リーマン」はまさに負の社会現象としてその名を刻んだのだ。

  しかし,彼らは,勢いを得て人件費の圧縮という安易な数値的な結果のみを追い求め,リストラを断行したものの,正常な生産性を維持できるだけの筋力をもそぎ落としてしまうという誤算も犯した。

2)残された者へのしわ寄せ―切って落とされる引き止め工作
  過度なリストラによる体力低下の穴埋めとして必然的に考慮される選択肢は,@新規採用とA在職者への業務量追加分配である。未経験者への教育訓練や何と言っても人件費の面でさらに企業の体力を奪う@はきれいサッパリ却下され,自然とAが残される。残されし者へのさらなるプレッシャーである。

  当然のことながら,在職者の労働条件において向上の方向には手をつけられるわけもなく,むしろ低下のベクトルが作動する。これまでにない超長時間労働が課せられることにより実質的な賃金単価が暴落。日常生活もままならないまでの収入となり,強度の転職志向が生まれる。

  しかし,ひとたび退職を口にしようものなら,経営陣によるなりふり構わぬ猛烈な引きとめ工作の火蓋が切って落とされるのだ。


4.なぜ「辞めさせないのか」A―労働者の属性から

 社会的な背景(マクロ面)とあわせ,個々の労働者側(ミクロ面)にも「辞められない」理由を見出していきたい。

1)弄ばれる道徳心
  日本の労働者の「勤勉性」は国際的な評価を得て久しく,その国民性の属性として定着した感がある。経営者はこの属性を最大限活用し企業の生産性に寄与させる。ところが,労働者がひとたび,ささやかな私的言い分を前面に持ち出すやいなや,経営者はこの「勤勉性」を無理矢理押し付け従属を強いてくるのだ。

  言うまでもないが,日本国憲法第22条第1項に規定する「職業選択の自由」6)からすれば,比較的労働条件のよい就業先が確保できたとき,労働者は理の当然のこととして,転職を決断する。

  転職を実現するには,現勤務先の労働契約を解除し,新しい職場での職務専念義務を担保する必要がある。しかし,経営者は労働者によるこの極めて合理的な意思決定に対し,労働者の道徳心を翻弄するという非合理的な行動で応じてくる。

  「キミが使命感を持ち会社も総力を挙げて取り組んできた仕事だ。それをいま放り出す気か。ヒトとしてどうかと思うぞ」
  「期待していたのに,オレは裏切られた心持ちだ」

  労働者の良心の呵責を誘発させる言動を随所にまぶし,転職という極めて合理的な意思決定に介入してくる。そのアプローチの手法も「なだめすかし」あり,恫喝ありだ。

  その結果,労働者は意気阻喪し良好な労働条件への円滑なシフトを頓挫させられる。
 
2)チラつかされる法律=「社会的制裁」−その恐怖感
  “泣き落とし”が効かないと見て取ると,法律の力でねじ込もうとする。常套手段が「損害賠償の請求」である。退職により「仕事に穴を開ける」ことに対するペナルティとして突きつけてくる。もちろん,実際発生する場合もあろう。だが,ほとんどは根拠なき言いがかりで終わる。

  しかし,日々目まぐるしく変動する社会経済情勢ましてや経営の実態を熟知しない労働者に対し,社会規範とされる法律に違反しているという事実を眼前に突きつけられるとき,彼らはいかなるリアクションを取ることが予想されるであろう。堅苦しく七面倒くさい得体の知れないシロモノが突然現れ,一生涯を棒に振ってしまいかねないトラブルの種となりそうだ,これまで他人事と思っていた裁判に巻き込まれでもしたらどうしよう,と彼らの頭の中は真っ白になる。彼らにとって法律とは,諸々の権利を擁護してくれるツールというよりは「社会的制裁」なのだ。

  冷静さを維持してすれば容易に判断できる事象も,「法律」というバイアスがかかると途端にその全体像がぼやけ始める。

  「損害賠償」というドスがのど元に突き刺さらんとしている一触即発の状況と捉らえ極度に動揺してしまう。日常よりチカラ関係で圧倒的不利に立たされているアンバランスな労使関係を背負いながら,社会的にも思想的にも,カラダもアタマも,職場内では経営者に支配されている呪縛状態であればなおさらであろう。こうなれば,経営者の思う壺。「法廷で徹底的に争ってやる」などとすごまれれば,シュンとしてしまう。「この社長ならやりかねない。裁判に引っ張り出されて裸にされてしまうぞ」と本気で思い込んでしまうことだろう。

  本来,労働者その他市民の権利の原泉たるべき「法律」が,皮肉なことに,より良い労働条件獲得という正当な市民権行使に対する抑止効果となってしまうのだ。
 
3)孤立化
  これまでも縷々述べてきたが,日々「辞めさせてくれない」相談を受けながら痛感するのは,労働者の孤立化である。現職場から退場するだけなのに,日々こんなに労力を奪われる。でも,誰も助けてくれない,声もかけられない。まさに孤軍奮闘。経営者からの執拗な引き止め工作に遭遇しつつ,例えば労働組合として集団で対抗し一人の労働者(組合員)を無事退職に導いた,という事例を,当センターによる下記に詳述する試みを除き,ほとんど聞いたことがない。

  同じ職場で働く者として,一人の労働者の退職のために声を上げる動機付けが生じにくいことは事実であろう。「去り行く者に差し伸べる手は持ち合わせない」というのが偽らざる現実のようだ。職場から一人でも去れば,残された者一人当たりの業務における過重がさらに増す。労働者にとって,自分以外の労働者の退場は,やはり歓迎すべからざる事態なのだろう。

  しかし,この孤立化こそが,労働者にとって克服しなければならない最大の課題であることは間違いない。労働問題は,一人の労働者と組織体である会社等経営者との紛争を通じて解決を見るものでは決してないことは,歴史的な経験則からも明らかだ。以下,この論点から解決策を詳述していきたい(「6.『辞めさせる』ために―その対抗策」)。
 
4)狙い撃ちされる非正規労働者
  契約社員,嘱託,パートタイマー,アルバイト,派遣社員…名称はともあれ,いわゆる経営者言うところの「景気の調整弁」として屈辱を嘗め尽くしてきた労働者たち7)。「アベノミクス」なる実態を伴わない,「何かいいことありそう・してくれそう」というイメージだけをやたら膨張させ,アベノミストを総動員し彼らの掲げる“御用数字”のみを喧伝する意図的な経済政策に真っ先に翻弄されるのが,誰あろう彼らそのものである。

  非正規労働者の根源的問題は,正社員との差別待遇であることは論を待たない。正社員と比して遜色ない勤務形態(職責,業務内容,労働時間…)で採用されながら,待遇面ではパートタイマー扱い(時間給による賃金算出のほか,社会保険未加入,有給休暇の未付与等法違反も多々認められる)される「フルタイムパート」なるものの奇奇怪怪等々。法体系を見ても,「パートタイム労働法」(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)における「均等待遇」ならぬ「均衡待遇」という欺瞞的概念8)が,この差別観念の固定化ひいては正当化に寄与している。

  ちなみに「フルタイムパート」にあっては,パートタイム労働法は適用されず法的に救済されないため,長年にわたり不可触・未解決の社会問題として沈殿し続けている。

  後述するが,労働組合による集団的な対抗策でしか解決を図るほかない典型的事象であろう。

  さて,本論に戻そう。待遇面において正社員の外に置かれた非正規労働者は,建て前上「調整弁」ということもあり,経営者の一方的な都合により真っ先に切られ(放出=解雇),あるいは足止めを食らわされる(閉塞=辞めさせない)ことになる。まさに労働市場流動化の尖兵として駆り立てられているのだ。

  いつ最後通告がなされるかと更新期まで戦々恐々としながら日々労働で流す汗を拭う,非正規労働者の「有期契約」という不安定な立ち位置に付け込む経営者は,彼らが「職業選択の自由」を謳歌しようとする瞬間から牙をむく。「有期契約」の二面性がものの見事に機能するのだ。

  有期労働契約は契約の始期からその終期までは,労働契約法第17条第1項9)により原則として雇用が保障される。しかし,この方程式を経営者が読み解くとき,「契約期間内における労働義務」となるわけだ。すなわち,労働契約の終期が到来するまでは「働かなければならない」とくる。法の二面性を巧妙に利用した,要は逆手に取ったわけだ。

  実に皮肉な話だが,有期契約の場合,雇用保障を謳うはずの解雇規制が,もろに経営者による拘束手段に早変わりし,前述の民法第627条第1項に規定する「2週間ルール」から解き放たれる。対抗手段としては,同法第628条の「やむを得ない事由」を無理やり作り上げるか,労働基準法第104条第1項10)に基づく所轄労働基準監督署への申告,個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第5条 11)にいう都道府県労働局によるあっせん,労働審判,裁判,あるいは後述する地域合同労組(ユニオン)による団体交渉等外部の支援を求め,経営者と全面対決してゆくしかない。

  非正規労働者にとっては,一方で雇用保障を確保するため「雇止め」「解雇」に対する抵抗に取り組みながら,他方において「撤退=退職」にも腐心するという“両にらみ”の労使関係における戦術を採用しなければならない。

 
5.引き止め工作の具体例

 当センターのブログ「労働相談センター・スタッフ日記」12)では,毎月「辞めさせてくれない」手口を紹介している。ほんの一部を列挙してみよう。

 「店員正社員。お客からの理不尽なクレームやいじめが余りにも多く,辛くて退職を決めたが,人手が足りず辞められない」

 「異動命令が出た。新しい部署は6時半出勤なので,バスの始発時間が遅れて間に合いません。会社には説明したのに何もしてくれない。40分かけて歩いたり,タクシー代2000円で行っています。その上,辞めたいのに辞めさせてくれない」

 「2月末に退職願いを出したのに,来月の仕事のシフト予定も入れてきた。『話が違う』と意見を言うと『生意気な口きいてんじゃねえ』と罵倒された。助けて下さい」

 「何回も退職願いを出したが,会社は『会社に入るのも出るのも勝手にはできない』と受け取りを拒否し,辞めさせてくれない」

 「コールセンターで契約社員。仕事が原因で体調を崩した。契約期間中だが直ぐに辞めたいと申し入れたが,『契約期間中は辞められない。体調は悪くても頑張って下さい』と言われた」

 「社長から『辞めるなら,今までの経費・壊した物・会社に与えた損害その全て数百万円を絶対に支払わせる』と言われている。どこまで支払う義務があるのか」

 「勤続3年。社長の日常的な罵りにあきれて退職届を4回出したが,その都度『ふざけないで』『仲良くやろうよ』『いたずらは止めて』と辞めさせてくれない」

 「3月末での退職は決まっているが,『残っている仕事を終わらせるまでは会社に来なくてはいけない』と言われた」

 「契約社員。他に良い仕事が見つかったので退職したいと申し入れたら,会社から『入社の際に,必ずいつか正社員になるという条件で雇ったから,辞められない』と言われた」

 「アパレル系会社。毎日夜10時まで労働。年俸制という理由で残業代が支払われない。タイムカードも手書きで嘘を書かされている。『辞めるならすべてきれいにしてから(今後一切残業代などを請求しないと誓約)じゃないと辞めさせない』と脅してくる」

 「片道2時間以上かかる客先に派遣されている。体調も崩し,もう限界です。雇用契約書では一ヶ月前に申し入れることとなっているが,直ぐにでも辞めたいが可能か」

 「月250時間の残業。休日呼び出し。社長のひどい暴言の数々。体調が崩れてきている。退職届を出したが『後任が決まるまで辞めさせない』と社長に言われた」

 「試用期間後は正社員という約束で入社したのに,渡された雇用契約書には『一年契約』となっていた。約束と違うので退職したいと伝えると『やれば出来るから』と引き留められる」

 「出会い系サイトの会社。サクラを使うなど法律違反ギリギリの会社。辞めたくてたまらない」

 「退職届をだしたら社長から『社内の職務規定では,退職届を提出してから2ヵ月間は業務で拘束ができる』と言われた。従う義務があるのか」

 「退職届を出したが受理してくれない。社長は『君の結婚式まで出たのに辞めさせる訳にはいかない』と辞めさせてくれない」
 
  「パワハラ上司の嫌がらせで自己都合の退職届けを書かされたのに,今度は辞めさせてくれない。自殺まで追い詰められている」
 
  「派遣社員。ようやく別会社で正社員として働けることとなり,退職を申し入れたが,契約途中なので会社に拘束力があり,退職は認められないと言われた」
 
  「労働実態が,求人内容と面接時の提示とまるで違う。2週間先の退職日とする退職届を出したが,まるで無視されている。すぐに辞める方法はないか」
 
  「外資系メーカー。勤続12年。退職を予定しているが,以前会社の資金提供(学費の半額)を受け,大学院を卒業した。5年以内の退職の場合は学費(120万円)の返還が条件となっている。返還できない時は退職できないのでしょうか」
 
  「実家の田舎に帰るので退職の意思を伝えたが,退職日を先延ばしにされ,退職届も受け取ってくれない」
 
  「試用期間中。雇用契約の説明も一切ないまま,いきなり仕事をやらされている。不安で退職したいと申し入れたが『勝手なこと言うな。今までの給料は払わない。制服はクリーニングに出して謝りに来い』と怒鳴られた」
 
  「定時は18時だが,毎日21時まで働かされている。残業代は一切ない。仕事上でも理不尽な要求をされることが多い。うつ症状も出てきて,すぐに辞めたいが,損害賠償請求が怖い」
 
  「日本の本社からベトナムに長期出向中。退職届を提出したが,本社からは何の連絡もない。こちらの上司は,『退職手続きは本社でやるもの。本社へ出向け』の一点張り。本当に本社出頭義務があるのでしょうか」
 
  「保育士。夫の転勤で遠方に引っ越しが決まり,退職を申し入れたが,保育園経営の会社が『後任が決まらないうちは退社できない』と言う」
 
  「一年契約のバスドライバー。早い時は2時に起きて出社。遅い時は夜中1時に帰宅。休みもとれない上,賃金も低いので『仕事がきつい,賃金が安い,休みがとれない』との理由で来期の契約を断ったら,『社長と相談するから時間をくれ』と1年間の契約書にサインさせられた」
 
  「入社した会社の社長が暴力団だったことが分かった。社員の多くは全員びくびくしながら働いている。社長の怒鳴り声が怖くて逃げ出したい。うつ病になったようだ」
 
  「新卒者。大学の紹介で入った会社だが,仕事が過酷で体調も崩してしまった。退職を申しいれたが『辞められない。もし今辞めたら,あなたの学校からは今後一切採用しない』と言われた」
 
  散見するだけでもお分かりのように,経営者の感情に任せた理不尽さが際立つ事案ばかりであろう。一方,労働者はといえば,防戦に汲々とするあまり反撃の方途を見出せず,八方塞がりの状況を引きずっている様相が浮かび上がってくる。
 

6.「辞めさせる」ために―その対抗策
 
1)ユニオンの介入
  このような閉塞状況を目の当たりにして,われわれは手をこまねいていたわけではない。一定の対抗策を打ち出し現に実践している。

  2012年4月26日,NHK総合テレビ『クローズアップ現代』において「辞めさせてくれない 急増 退職トラブル」としてオンエアされたなかで,当センターでの相談風景が紹介され,大いに論議を呼んだことがある13)。これまで述べてきた常軌を逸した実態に主要なマスコミが注目し出したわけだ。

  当センターとしても,この事象が社会問題として正式に認知されたと受け止め,全スタッフと会議を重ね,「辞めさせる」ための対策の検討に入った。

  先述したように,現在の労働者にとっての最大の弱点は「孤立化」に見出せる。「自分一人では退職届を差し出すことができない」「さしで社長と面向かえばどうしても気後れしてしまう。何を言われるかわからない」「辞めていく者としての後ろめたさから,表立って反論できない」といった声に,どう対処してゆくか。導き出された結論は,「地域合同労働組合(ユニオン)」14)の活用である。

  当センターと友誼関係にあるユニオン「全国一般東京東部労働組合(東部労組)」15)に協力を求めた。同労組は,名称が示すように東京東部地域(主に東京東部七区 足立,荒川,江戸川,葛飾,江東,墨田,台東各区)で働く労働者が個人の資格で加盟して組織された地域合同労組である。わが国で一般的な「企業内労組」と異なり,正社員のみで構成される「正会員グループ」だけの閉じられた組織ではない。契約社員,パートタイマー,アルバイト,派遣社員等非正規労働者にも門戸を広げた完全なオープン集団だ。

  まずは,この東部労組の組合員になってもらい,会社に対して労働組合として「退職届」を突きつける。必要に応じて団体交渉権なり団体行動権を発動するという寸法である。つまり,背後に労働組合が張り付くことで労働者の孤立感を除去し,経営者による法外な行為に対抗できる担保も具備する完全防御態勢を構築するのが目的だ。

  スタッフとの議論のなかで,本来職場における労働者組織化を至上命題とする労働組合が,「職場からの退場」を曲がりなりにも後押しする行為に対し,ある種抵抗感を覚える者が少なからず存在したことは事実である。しかし,労働者による「より良好な労働条件を追求する」権利どころか,「つらければ逃げる」手段も封じ込まれている状況を眼前に突きつけられれば,「奴隷的拘束」という前時代的なおぞましき残滓を将来にわたって引きずらせるわけにはいかない,労使の力関係が直裁に反映されているこの象徴的な事象に拱手傍観は許されない,との共通認識が確立できたため,あえて踏み切ったものである。
 
  実際の申入書及び退職届のフォーマットを以下(11ページ)に示すが,通知人としてダメ押しで東部労組と親密な交流のある弁護士名を入れたことも書面に一定の重みを与えている。
 
2)近時の事例
  2013年4月,健康食品の卸売会社(東京都荒川区所在)に勤務する労働者5人が血相を変えて当センターに駆け込んできた。民法の「2週間ルール」に則って退職届を提出したにもかかわらず,引継ぎの名目で届けに記載した退職日(3月31日)を経過しても社長から出社を強制されている(実際4月8日に労働を提供している。もちろん無給),毎月の賃金と退職金をカタに取られているため強く出られない,とのこと。

  典型的な「道徳心撹乱自縄自縛タイプ」の「辞めさせてくれない」案件と見た。

  何よりも,彼らを縛り付けている体よく歪曲された「使命感」という縄を解かなければならない。社長が彼らに対して,したり顔で吐くであろうセリフはおおよそ見当がつく。

  「こなすべき仕事を投げ出すつもりか」「一度に5人も辞めて残された者にどれだけ迷惑がかるか分かって言っているのか」「ヒトとしてどう思うんだ」「後任にあてはあるのか」「こんな無責任な辞め方をしたんだ。給料払われなくても仕方ないよな」…
  ご多聞に漏れず,5人の労働者も上記の趣旨のモノイイは毎日絶えず耳にしたという。この事実を見るだけでも,針のむしろに正座させられ沙汰待ちしている“下手人”の心境であろう。筆舌に尽くしがたいプレッシャーだ。

  そこで,東部労組に加入してもらい,上記の退職フォーマット及び退職届を組合からファクシミリにて送信したうえで改めて社長宛架電,着信の確認を取ったところで会社に実際の書面を郵送し,到達の頃合を見計らって再架電。

  社長の電話口でのリアクションはというと,言葉の節々で,労働組合がしゃしゃり出てきた困惑と雇い人に裏切られたという憎悪がない交ぜになったさまが容易に想像できたが,比較的穏やかな口調で平静を装った応対をしてきた。

  通常の賃金及び退職金の支払日と支払意思を確認したところ「通常の賃金は期日に間違いなく支払うが,退職金については一括でというわけにはいかない。分割をお願いすることになる。その際は必ず事前に通知する」との言質を得た。賃金支払日たる4月末日,各人の口座に振り込まれたのは当月分の賃金全額と退職金額の3分の1であった。

  もちろん退職金の残額については,引き続き支払い方督促してゆくのだが,なにはともあれ「辞められた」という実績は確保した。
  「かなりの労力をかけてこれだけの成果か」とご指摘の向きもあろうが,裏を返せば経営者による“呪縛”の結び目を解くことがいかに骨が折れるかという証左でもあろう。


7.結語−労働者の地位向上を目指して

1)まとめ―呪縛からの解放を
  これまでの論調から,いかに労働者が社会的な弱者として位置づけられているか,経営者の,それこそハシの上げ下ろしまで一挙一動につき気をもみながら日々業務に取り組まざるを得ないか,ご理解いただけたと思う。一旦急あれば逃走するという「緊急避難」の機会さえもが経営者により剥奪されている実態を赤裸々に描いてきたわけだが,この責任の帰趨をすべて労働者が負うべきものではないことも,得心いただけたと確信する。

  「辞めたくても辞めさせてくれない」事案から見えてくるのは,社会経済情勢を反映した経営者による強引な引き止め手法はもちろんのこと,「ヒトの道を外れている」「自分勝手なやつ」といった言辞を吐くことにより労働者の人間としての良心を徒に弄ぶ卑劣極まる経営者の態度である。弄ばれた側としては,一秒なりとも耐えられないであろう。何せ,人間の尊厳を,誇りを完膚なきまでにこき下ろされるわけだから。自然,呵責の念を誘発させる。「社会的な制裁が下されても致し方なし」との既定概念に絡め取られ,最終的には“針のむしろ”でも残留することになる。

  係る構図が極めて顕著に当てはまるのが,契約社員,嘱託,パートタイマー,アルバイト,派遣社員等の非正規労働者たちである。「景気の調整弁」というレッテルをベッタリと貼り付けられながら,有期契約という足かせを引きずっている。契約の終期が訪れない限り法的にも解放されることはない,という絶望感と隣り合わせで日々をやり過ごす。紛うかたなき呪縛である。
  労働者が経営者の社会的総括的優位性に対抗してゆくには,先述した事例でも示したように,労働者による集団的な応対しかないと断じてもいいであろう。法的枠組みを有する「労働組合」による対応はその代表格であり,なかでも地域合同労組(ユニオン)が「辞めさせてくれない」事案に果たす役割,効用は計り知れない。

2)ユニオンの効用−「ジャパンユニオン」の挑戦
  これまでの論調で,「職業選択の自由」「奴隷的拘束からの解放」の埒外に置かれた労働者たちの実態をご覧いただいた。個人(労働者)対組織(経営者)の図式のもと,個々の労働者がカネもチカラもヒマも待て余す会社経営者に徒手空拳挑みかかる「ドンキホーテ・スピリッツ」は傍観者からは賞賛されこそすれ,本人にとっては人生そのものをすり減らす消耗戦でしかない。やはり,外部からのサポートが不可欠だ。

  まずは,行政官庁(都道府県労働局,所轄労働基準監督署,法務局人権擁護委員会等々)に駆け込むという選択肢が思い浮かぶであろう。しかし,どんなに労働者が声を限りに叫んだとして,係る行政官庁が,経営者から当該労働者を隔離し救出してくれる物理的行使を伴う“レスキュー組織”として機能するわけでは決してない。

  ここは,どうしても物理的な実力行使という担保を伴わせたい。これを具備した組織が法的効力を伴う「労働組合」ということになる。くびきからの解放にはチカラ(後述の労働三権)が必要だ。しかし,職場内に労組がない,あるにはあるが,いわゆる会社の「御用組合=第二労務部」に成り下がっている“名ばかり労組”という場合は,外部に活路を求めるしかない。これまで重ねて言及している地域合同労組(ユニオン)の出番だ。

  だが,全国各地域にユニオンが組織されているとは限らない。ユニオンゼロの空白区も相当数に上る。かねてよりこの空白区の解消をめざし当センターでも東部労組とともに「塗りつぶし」を図ってきた。そこで,ハードルが低く手軽に加入できるユニオンがほしい,最低限の権利(日本国憲法第28条16)に基づく労働三権=団結権・団体交渉権・団体行動権)行使の可能性は確保しておきたいという地方在住労働者からの要望が多数寄せられていた経緯もあり,1999年7月「ジャパンユニオン」を立ち上げた。
  ジャパンユニオンは,設立当時,最先端と銘打たれていた「インターネット」を駆使し日本全国で組合員を結びつける「サイバーユニオン」として,内外から耳目を集めた。東京都労働委員会による資格証明の発行も受け,それなりの外観は整えた。あとは,器(労働組合)に中身(組合員)を注ぐだけである。Eメールで加入申込みができ脱退も自由という出入りの手頃さ,組合費も比較的低廉なままに抑えた(入会金2000円・組合費月毎1000円)こともあり,現在日本全国北海道から沖縄まで300名を超える組合員を擁している。

  全国から結集する組合員を東京都葛飾区に所在する本部のみで統括せざるを得ないという制約はあるのだが,組合員数の伸びは順調だ。自分は,日本国憲法を背負った「法定団体」に所属しており,何よりも一旦急あればいつでも相談を持ちかけられるという安心感と,心理的にも経営者とチカラを背景にタメで対峙しているという自負によるところが大きいであろう。
 
3)「労働者」としての誇りをいかに保つか
  労働者の誇りとは,人間としての良心を持ち合わせながら,職業生活を通して生活の資力を獲得しつつ,自らの社会的な存在を確認してゆくということなのであろう。社会といかに関わってきたか,これからいかなる関係を築いてゆくか,を自らの意思で確認し決定してゆくプロセスが完全に保障されていなければ,いくら誇りだと看板だけ掲げたとして覚つかないものがある。

  この誇りを保てる手段としては,行政官庁たる都道府県労働局(厚生労働省の地方出先機関)によるあっせんの利用,はたまた司法システムへ軸足を移し法的に対抗する労働審判及び裁判の提起が挙げられる。

  一方で,法的な理論武装を試みながらも,労働者の団結体たる労働組合の果たす役割が,改めて見直されなければならない。労働組合の組織率が2割に満たない17)社会情勢を見るとき,職場に労働組合が入り込む余地はまだまだ十分にある。特に個人加入ができる(一人から加入できる)「地域合同労組=ユニオン」が今,労働三権が行使できる最も身近な存在として注目を浴びつつあることも一つの突破口となろう。逆説的ではあるが,労働組合が活動するステージは無限に広まりつつあることを強調して,本稿を締めたい。

 1) 1988年,地域の労働組合を母体として設立。全国から面談はもちろん,電話やEメールでも労働問題に関する相談を受け付ける特定非営利活動法人(NPO法人)。賃金未払い,解雇,労災隠し,社会保険未加入など法違反のトラブルをはじめ,昇給,配置転換,職場でのイジメ・いやがらせ(パワーハラスメント)といった労働条件や職場環境改善に関し幅広い内容が寄せられる。昨年(2012年)の総相談件数は7775件を数える。
  2) 「使用者は,暴行,脅迫,監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって,労働者の意思に反して労働を強制してはならない」
  3) 第1項「当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」―現在でもこの“2週間ルール”は「辞められない」回答への必須アイテムである。
  4) 「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由があるときは,各当事者は,直ちに契約の解除をすることができる(以下 略)」
  5) NPO法人労働相談センターが受けた相談件数(面談,電話,Eメール)の推移 2009年5027件→2010年5943件→2011年7624件→2012年7775件

 6) 「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する」
  7) いまや,雇用者全体に占める割合は,2012年で38.2%に達し,総数で2千万人を超えた(総務省就業構造基本調査)。
  8) 第1条「この法律は,(略)短時間労働者について,その適正な労働条件の確保,雇用管理の改善,通常の労働者への転換の推進,職業能力の開発及び向上等に関する措置を講ずることにより,通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることを通じて短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし,もってその福祉の増進を図り,あわせて経済及び社会の発展に寄与することを目的とする」―冒頭に掲げられた目的において「均衡待遇」を明確に宣している。
  9) 「使用者は,期間の定めのある労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができない」
  10) 第1項「事業場に,この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては,労働者は,その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる」―直裁には労働基準法第5条(注(2)参照)違反の事実を申告することになるが,それこそ暴行,脅迫,監禁等物理的な手段による働きかけでもいない限り,監督権の発動を促す余地は見出せないであろう。
  11) 第1項「都道府県労働局長は,前条第1項に規定する個別労働関係紛争(労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。)について,当該個別労働関係紛争の当事者(以下「紛争当事者」という。)の双方又は一方からあっせんの申請があった場合においては当該個別労働関係紛争の解決のために必要があると認めるときは,紛争調整委員会にあっせんを行わせるものとする」
  12) http://blog.goo.ne.jp/19681226_001/
  13) http://blog.goo.ne.jp/19681226_001/e/6363b8a0022d71bc079f056e4e854ca1
  14) 「一人から加入できる労働組合」という触れ込みで,職場に労働組合が組織されていない,また組織しづらい労働者をターゲットに,労働組合結成・加入の垣根を極力低くした労働三権保障の手段。労働組合法に規定する広範な「労働者」の結集が可能で,法の趣旨をより忠実にかつ純粋に具現化できるフレームとして近年注目されている。
  15) 正式名称は「全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合」。1968年12月結成。組合員数約850。
  16) 「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利は,これを保障する」
  17) 2012年6月末時点において労働組合の組織率は17.9%。前年比で0.2%の減。過去最低を記録した(厚生労働省労働組合基礎調査)。